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和歌山城

「豊臣兄弟!」の主人公・秀長が築いた和歌山城「現在の天守とは別の場所にあった!?」

「豊臣兄弟!」の主人公・秀長が築いた和歌山城は「現在の天守とは別の場所にあった!?」
大和郡山城

「豊臣兄弟!」の主人公・秀長が築いた大和郡山城は「ミニ大坂城」だった!? ~その共通点を検証~

2026年大河「豊臣兄弟!」の主役、豊臣秀長が築いた大和郡山城。実は豊臣大坂城と多くの共通点を持つ「ミニ大坂城」でした。石垣の技法や縄張り、施設の名称まで、当ブログ独自の視点でその痕跡を紐解きます。
豊臣大坂城

【豊臣大坂城の真実】徳川が埋めた理由を検証~政治的執念か構造上の問題か~

大坂の陣で勝利した徳川幕府は、元和6年(1620年)に大規模な大坂城の再築を命じ、およそ10年にわたって行われました。豊臣大坂城の石垣は一切利用せず、新しく石材を運び込み、根石(石垣や建物の土台となる石)から新たに築き直すという新規の築城と...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の馬出について

豊臣大坂城の3つの虎口には、それぞれの虎口を防御する馬出が構築されていました。馬出とは、城の出入り口である虎口の防御を強化するために、その外側に設けられた堀や土塁で囲まれた曲輪で、敵が虎口に集中することを防ぎ、城内からの攻撃を容易にする施設...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の三ノ丸について

豊臣大坂城の三ノ丸の範囲については明確に定義されておらず、さまざまな説がありますが、本ブログでは、二ノ丸馬出の先から東西南北の惣構までの範囲としています。惣構ですが、北は淀川を自然の堀とした北惣構堀、東は猫間川を改修した東惣構堀、西は掘削し...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の二ノ丸について

豊臣大坂城二ノ丸の普請は、令和8年(2026年)のNHK大河ドラマ「豊臣兄弟」の主人公である豊臣秀長が普請総奉行をつとめ、毛利氏ら西国大名が動員して行われました。地下水が多く、夜中のうちに水を汲みだし、排水作業と並行して石垣を積むという難工...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の本丸について

大坂城本丸は東西北の三方を水堀で囲まれており、標高の高い南と南西は空堀になっています。本丸は大きく「山里丸」「奥御殿地区」「表御殿地区」「米蔵地区」の4つの地区で構成されており、出入口は北部の「極楽御門口」、南西部の「桜御門口」、南東部の「...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の構造

ここまでは絵図や古記録から分かる豊臣大坂城の全貌と、現在明らかになっている豊臣大坂城の痕跡についてお伝えしてきました。今回は豊臣大坂城の構造と、本丸、二ノ丸、三ノ丸、馬出の各曲輪の概要について見ていきます。豊臣大坂城の構造について豊臣大坂城...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の痕跡

現在の大坂城(徳川大坂城)は国の特別史跡(下図の赤線の内側)となっており、発掘調査等は厳しく制限されています。しかしながら、近年における本丸での各種調査や、特別史跡の範囲外における発掘調査により、その姿が徐々に明らかになりつつあります。ここ...
豊臣大坂城

豊臣大坂城の全貌

豊臣大坂城は徳川幕府に徹底的に破壊され、また埋め立て後に徳川大坂城が再建されたため見ることができません。ここでは、豊臣大坂城に関する古記録(絵図、縄張図、配陣図)や屏風をご紹介します。■縄張図 ・大坂惣構(諸国古城図) ・大坂城慶長年間之図...