はじめまして、ぽんた と申します。
私が豊臣大坂城に興味を持った経緯について書きたいと思います。
私が大坂城に興味を持ったのは、小学6年生です。
学校で歴史の授業を受け、学校の図書館では「日本の歴史」という漫画本を読み漁ってました。
大阪出身ということもあり、当然のように地元にある大坂城に強い関心を持つようになりました。
自宅から大阪城は電車で行ける範囲でしたので、小学生ながら休みの日に1人で出かけてました。
立派な天守閣や高い石垣、広大な堀を見て、豊臣秀吉が建てた大阪城はすごいと思っていました。
大阪城天守閣の入館券です。当時の入館料は50円でしたが、今は中学生以下は無料なんですね!

中学生になっても夏休みの自由研究テーマにするなど、大阪城への興味が薄れることはありませんでした。
そんなある日、近くの書店で「カラーブックス 大阪城ガイド(定価500円)」を発見しました。
小遣いで買うか迷いましたが、思い切って購入した時の喜びは今でも覚えています。

しかし、この本が中学生の私を絶望に陥れるのでした。。。
この本の著者は大阪城研究でご高名な「渡辺武さん」「内田九州男さん」「中村博司さん」です。
本の構成は、現在目にする大阪城の櫓や堀の解説から始まりますが、後半に「豊臣時代の大坂城」という章があります。
そこには、有名な豊臣時代の本丸図や「せんだいぶかん」にある豊臣時代の大坂城の縄張り図が載っているのですが、現在の大阪城とあまりにも違うのです。。。
大坂城は豊臣秀吉が建てたものと信じ切っていた私は何のことなのか分からず困惑しましたが、
次章の「徳川時代の大坂城」を読んで気づきました。今の大阪城は豊臣秀吉が建てたものではないのだと。。。
その時のショックは今でも鮮明に覚えています。大坂冬の陣で徳川家康に外堀を埋められたことや、徳川秀忠の大坂城再建で豊臣大坂城がこの世から消されたことなど、怒りと絶望で何も手につかない状況でした。
しかし、歴史を変えることなどできるはずもなく、以降、大坂城への関心は薄れていきました。
その後、高校、大学へ進み、社会人からは上京することになり、場所的にも大坂城とは無縁の生活になりました。
そんなある日、また大坂城に興味を持つこととなった大発見があったのです。
それは、2003年の大阪府警本部庁舎の建て替えに伴う事前調査における「豊臣大坂城の堀」の発見でした。
このことを知ったのは、かなり後の2012年ぐらいのネットニュースの記事だったと記憶しています。
そこから、豊臣大坂城のことが知りたくなり、関連する書籍を読み漁り、大学の図書館に所蔵されている発掘調査の記録などを見させて頂いたりしてきました。しかしながら、ご存じのとおり、大阪城は国の特別史跡に指定されているため、発掘調査は制限されており、豊臣大坂城の究明に必要な情報はなかなか得られない状況です。
このブログでは、現在わかっている豊臣大坂城に関する情報を共有するとともに、各地に残された豊臣家(豊臣ゆかりの大名を含む)の痕跡から豊臣大坂城との類似性を検証していきたいと考えています。
このブログが目指すもの: 各地の豊臣家の痕跡から豊臣大坂城を探求する
今後の検証予定: 秀吉ゆかりの城(石垣山城、名護屋城、伏見城)のみならず、秀長の大和郡山城や蒲生氏郷の会津若松城、また御土居、竹生島などから豊臣大坂城との類似点を検証する。
読者へのメッセージ: 私と一緒に、消された豊臣のロマンを追求しませんか?