【独自究明】高知城追手門にある謎の空間。豊臣大坂城から受け継がれた防衛の共通点

豊臣家臣の城

高知城の玄関口、追手門。豊臣系城郭に共通する黒下見板で外桝形の城門です。この城門を眺めた時、あなたは何かに気づきませんか?
櫓門の左側にある『謎の空間』が存在します。観光客の方が通り過ぎてしまうその場所に、豊臣大坂城との共通点があります。

今回は、中井均さんが撮影された貴重な一枚の写真を基に、高知城と豊臣大坂城の共通点を検証します。
山内一豊は秀吉に仕えていましたが、関ケ原の戦いの功労により家康から土佐国を拝領しました。
高知城はその時に築かれましたが、なぜ一豊は徳川の世にこの構造を残したのか?その謎に迫りたいと思います。

高知城追手門の左側に広がる武者隠し(中井均先生撮影)

高知城追手門(中井均さん撮影https://x.com/i/status/2020853023879418275

この『謎の空間』をGoogleマップで表示してみました。赤枠の箇所で武者隠しと表示があります。
武者隠しとは敵を迎え撃つ兵を潜ませておく空間のことです。

高知城追手門の左側の武者隠しの説明①
高知城追手門の左側の武者隠しの説明②

高知城追手門(上・左)中井均さん撮影:https://x.com/i/status/2020853023879418275
高知城追手門(下・右):Googleマップ,2026。

豊臣大坂城との共通点

さて、高知城追手門の武者隠しが豊臣大坂城のどこと共通しているのか、それは本丸の詰ノ丸入口である鉄御門の横にある空間(下図の赤枠)です。
このスペースには小天守が建っていたという説もありますが、豊臣大坂城本丸の絵図には建物が描かれておらず、高知城追手門のような武者隠しがあったと考えられます。

豊臣大坂城の鉄御門にある武者隠しの説明①

歴史群像名城シリーズ①大坂城に加筆

下図にある宮上茂隆さんの豊臣大坂城本丸復元図では、鉄御門の脇に武者隠しのような空間が描かれています。まさに高知城追手門の脇にある武者隠しと同じです。

豊臣大坂城の鉄御門にある武者隠しの説明②

歴史群像名城シリーズ①大坂城に加筆

規模については、中井家所蔵の「豊臣時代大坂城指図」に記載があり、東西約10間(約18m)南北約8間(約14m)と、かなり巨大な空間となっています。
これだけのスペースがあれば多くの兵を配置して四方八方に攻撃を加えることができますね。

豊臣大坂城の鉄御門にある武者隠しの規模

豊臣大坂城本丸についてはこちら
豊臣大坂城の本丸について

大和郡山城との相違点

以前、「ミニ大坂城」としてご紹介した大和郡山城に追手門があります。ミニ大坂城であれば当然この門にも武者隠しがあると思いきや、武者隠しの位置には櫓(追手向櫓)が建っています。

大和郡山城の追手門にある櫓(武者隠しではない)

大和郡山城についてはこちら
「豊臣兄弟!」の主人公・秀長が築いた大和郡山城は「ミニ大坂城」だった!? ~その共通点を検証~

ではなぜ、大和郡山城は武者隠しではなく櫓なのでしょうか?
まずは、武者隠しと櫓のメリットについて見てみましょう。

武者隠しのメリット

①伏兵を配置して奇襲が可能
 敵が攻めてくる時に、櫓であれば予め攻撃されることを想定して準備されますが、武者隠しであれば兵が隠れていることに気づかれずに攻撃を加えることができます。
攻め手側は意表を突かれて混乱することになり、その間に城内側から出撃してダメージを加えることも可能になります。

櫓のメリット

①遠方の敵に攻撃が可能
 櫓の場合は2階から攻撃が可能です。高所からの攻撃となるため、武者隠しの場合よりも遠方の敵に対して攻撃することができます。

②重層的な攻撃が可能
 櫓の1階と2階の両方から攻撃が可能です。そのため武者隠しよりも多くの攻撃をすることができます。

以上を踏まえて、それぞれの城における状況を見てみます。

高知城の場合

追手門の手前は広大なスペースがあり、三方から敵が攻めてきます。そのため、櫓を建てて遠方の敵を攻撃するよりも、追手門付近に迫ってきた敵に奇襲攻撃を加えられる武者隠しを採用したのではないでしょうか。

高知城追手門が武者隠しである考察
豊臣大坂城の場合

大坂城の場合は中ノ段帯曲輪に入った敵が鉄御門に集まる構造になっています。
中之段帯曲輪のスペースは狭くなっており、近場の敵に対して攻撃を加える必要があるため、武者隠しを採用したのではないでしょうか。

豊臣大坂城の鉄御門が武者隠しである考察
大和郡山城の場合

大和郡山城の場合、追手門に向かうには一方通行となっています。あらかじめ敵が通ることが分かっており、また堀越しの比較的遠方の敵に攻撃ができるように、武者隠しではなく櫓を採用したのではないでしょうか。

大和郡山城の追手門が櫓である考察

ここまで高知城の武者隠しと豊臣大坂城の共通点、大和郡山城の相違点について見てきました。
高知城は秀吉の家臣である山内一豊が築いた豊臣系城郭だと思いますが、本丸は白壁の徳川系城郭で本丸以外は黒下見板の豊臣系城郭である不思議な城郭です。
今回、中井均さんが撮影された写真を拝見し、「直感的に豊臣大坂城と似ている」と感じて考察してみました。
高知城以外にも豊臣大坂城に似ている城郭はあると思いますので、お問い合わせフォームまでご連絡いただければ幸いです。

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